一番重要なことは、姫華と善が気が合いそうだということだ。「僕はアバンダントグループの星城でのビジネスを任される身です。長期的に星城に滞在することになりますので、それは星城でずっと暮らすことと何も違いはありませんね。たまにA市の音濱邸へ帰りますが、その時も来客扱いですよ。母はよく、僕が音濱をホテル代わりに考えていて、数日泊まったらいなくなると言っているんです」姫華は手をテーブルの下に引っ込めて、兄を突っついていた。そして兄のほうへ近づき、小声でこう言った。「お兄ちゃん、善君にそんなプライベートな質問して失礼よ。あなた達はそこまで仲良くないでしょ」姫華と善も何度も会うようになってから、だんだんと仲良くなっていったのだ。玲凰はこの時妹を見つめていた。彼女は善のことをなんとも思っていないのか?玲凰が妹のために、善にいろいろ探りを入れていたというのに。そして姫華が結城理仁を追いかけ、最終的に心に傷を負い、さらに他人から笑い者になったことを思い出した。玲凰は心を痛めると同時に、妹が善に対して何も感じていないことを理解できた。また理仁を好きになった時のように片思いで終わるのを怖がっているのだろう。善も特に姫華のことが気になっている様子もないし、恐らく、玲凰の考えすぎだったのだろう。このように考えた後、それから玲凰は大人しくなった。この二人の男はどちらも社長である。善は結城グループと提携を結んでいて付き合いが深い。それだから、玲凰はもちろん善とはビジネスの話に話題を変えることはなかった。警戒する必要があるのだ。しかし、玲凰はそこから去ることはなかった。姫華がジュースを飲み終わり、デザートを食べ終わるまでそこにずっといた。「姫華、今日は唯花さんのところに、あの土地借用の件を話しに行かないのか?」玲凰のこれはつまり、妹にそろそろ帰るぞという合図を送ったのである。姫華は時間を確認してから言った。「今日は行かない。明日また唯花と明凛のところに行ってくる。お兄ちゃん、会社忙しくないわけ?」「忙しいに決まってるだろ」妹を守るためにここにいるだけだ。「お兄ちゃん忙しいなら、先に会社に戻ったら。私は善君を送ってくから」玲凰「……お前が送るって?」この時、善がタイミングを見て二人の会話に入ってきた。彼は笑いながら少し
姫華は兄がホテルを出て、また戻ってきているとは知らず、善とホテル一階にあるカフェにやって来た。善は姫華にジュースを注文し、自分はコーヒーを頼んだ。「今コーヒーを飲んだら、夜寝られるの?」姫華は他にいくつかのデザートも注文した。「大丈夫です。僕たちみたいに仕事量が多い人間は、コーヒーを飲まないと夜中まで持ちませんからね」彼らの仕事も細かく予定が詰まっている。毎日深夜まで仕事をすることが多い。もし、結婚という人生の一大イベントを迎えることになれば、彼はもちろん時間を絞り出して、時間のある社長に様変わりするが。「姫華」二人が少しおしゃべりをしたところで、玲凰が入ってきた。姫華と善が窓側の席に座っているのを見て、彼はそちらに向かいながら、妹の名前を呼んだ。姫華は声のしたほうを向いて、兄が向かってくるのを見ると、なんだか親にいけないことをして捕まってしまった時のような錯覚を覚えた。いや、さっきホテルの入り口で兄に遭遇した時、彼は姫華と善が一緒にお茶をするだけだと知っているはずだ。ソワソワしてどうする。そう思いながら、姫華は大らかな態度で兄のために椅子を引いてあげ、兄が座ってから尋ねた。「お兄ちゃん、何を飲む?」「神崎社長、またお会いできましたね」と善が微笑んで挨拶をした。玲凰は彼を一目ちらりと見て、妹に言った。「兄ちゃんはさっきたくさんお茶を飲んだから、今は何も飲みたくない。座ってるだけでいい」姫華はそれを聞いて、自分が注文したデザートを兄の前に差し出した。玲凰はそれらには手をつけず、彼はわざとここに座り、二人のお邪魔虫となる気だった。善は非常に優秀な男である。玲凰もそんな彼のことを高く評価していた。それにアバンダントグループとも提携を結びたいとも考えていた。しかし、善は結城グループと提携することを選んだので、玲凰と善にはそこまで深い付き合いなどなかった。もし、善が星城市の若く有能な男であれば、喜んで妹と一緒になることを認めただろう。残念なことに、善はA市の人間である。二つの都市はかなり離れた距離にあった。車であれば、高速を利用しても七、八時間はかかる道のりで、かなり遠いのだ。妹は一人しかいないので、玲凰は妹を遠くにお嫁に行かせたくなかった。この二人がまだ距離を縮める前に、妹が恋に落ちないように、裏で
玲凰がまたスカイロイヤルホテルに来ているのか?神崎グループ傘下にも五つ星ホテルがある。玲凰は以前顧客と商談する時にはいつも自家のホテルで行っていた。前回、ある重要顧客がスカイロイヤルに泊まっていたので、彼はここへやって来たのだ。「どうかしましたか?」善は姫華が隣に止めてある車を見つめているのに気づき、気になって尋ねた。「なんでもないの。ただ、お兄さんの車があったから気になって。この車はうちのお兄さんが運転しているものなのよ。善君、さあカフェに行きましょ。お茶したらすぐ帰るわよ。お兄さんの商談もそんなに早くは終わらないと思うし、私たち早めに切り上げれば彼に気づかれないわ」姫華はそう言うと、体の向きを変えてホテルのほうへと歩いていった。善は彼女の歩幅に合わせて、彼女と肩を並べて歩きながら尋ねた。「お兄さんに、僕たちが一緒にお茶しているのを見られると、まずいですか?」「そんなことないわ。だけど、お兄さんから誤解されたくないのよ」善は笑った。「それもそうですね」彼らはお互いに未婚者同士、一緒にお茶をしていれば、誰が見ても勘違いするだろう。心配していることは起こり得るものだ。二人がホテルの回転ドアに入ったところで、ちょうど玲凰一行と出くわしてしまった。姫華は反射的に踵を返して去ろうとした。「姫華!」この時、玲凰が低い声で一喝した。すでに彼に背を向けて前に数歩進んでいた姫華はまた体の向きを変えて、ケラケラ笑って大きな声を出した。「お兄ちゃん、偶然ね」玲凰は善を見て、強張った顔つきで妹に尋ねた。「ここに何をしに来たんだ」妹は桐生善と一緒にいるぞ。兄に見つかってしまったので、姫華も、もう隠れることはせず、正直に言った。「善君がお茶に誘ってくれたのよ。彼、普段いつもここでお茶してるんだって。だから、一緒にここでコーヒーでも飲もうと思って」玲凰はまた善のほうを見た。善は優しく微笑んで説明した。「神崎社長、うちは今内装中で、妹さんにアドバイスをいただいているんです。それに感謝して、彼女にお茶でもご馳走したかったんです。別に変な考えがあってこんなことをしているわけではありません」彼はもちろんおかしな考えなど持っていない。ただ他意はあるのだ。玲凰はそれを聞いて、その言葉をそのまま信じている様子ではなかった
「姫華さん、僕たちは今友達関係ですよね?」善は頭を傾けて姫華に尋ねた。姫華も彼のほうをちらりと見て、また車の運転に集中し笑って言った。「私たち、もう友達でしょ。しかもお隣さん同士」善は静かに彼女の横顔を見つめていた。彼女は元気で明るく活発な女の子だ。その活発なところこそ、彼女の最も魅力的なところだった。「じゃあ、ちょっとプライベートなことを聞いてもいいですか?」「いいけど、あなたに答えられることだったら、答えるわ。でも、答えられないものは許してね。誰だって、自分のプライベートな部分を守る権利はあるでしょ」善は笑って言った。「僕はただ、姫華さんはどんなタイプの男性が好みなのか聞きたいだけです。結城社長のような方を除いて」姫華が以前理仁のことを追いかけていたことを、もちろん善は知っている。彼と結城グループは付き合いがあり、仲の良いビジネスパートナーであるからだ。それに姫華が当初、理仁にアタックしていた時は回りの注目を集めていたのだ。それを善が知りたくないと思っていても、知ってしまうことになるくらいに。その質問に姫華は黙っていた。「姫華さん、すみません、僕はただ単純な好奇心で聞いたんです。僕はあなたがとても素敵な女性だと思っています。結城社長があなたを好きにならなかったのは、あなたの問題ではありません。ただ彼は他に好きな方に出会ってしまっただけです」善はすぐさま彼女に謝った。姫華の古傷をえぐってしまったと思ったのだ。「いいの、結城さんのことはもうかなり前に諦めたんだから。前であっても今であっても、彼とは冷静に向き合えるわ。彼だって、私に何かひどいことをしたことはないもの。彼は一度も私のことを好きになったことはない。私の気持ちを受け入れてくれたことだってない。私の気を引こうとしたことだってないんだから。私と彼は、ただ私の一方通行だっただけ。だけどね、彼を追いかけていたことが間違いだったとは思ってないの。優秀な男性なら、きっとたくさんの女の子が好きになるでしょ。それは当たり前のことだと思うわ。素敵な女の子が多くの人に追いかけられるのと同じよ。男の人が女性を追い求めるのは困難が多いだろうけど、女の子はそこまで大変じゃないのよ。だから諦めるのにそんなに時間はかからなかった。私は多くの女の子がやりたくてもできないような
姫華「……つまり、私のことをあなたのお守り代わりだと思ってる?」善は彼女からそう言われても、冷静にこう返した。「お守り代をお渡ししましょうか」姫華は笑って言った。「以前は桐生家についてあまり知らなかったんだけど、あなたと知り合ってから、お兄さんに桐生家についていろいろと聞いてみたことがあるの。善君って桐生家ではあまり護身術とかが得意じゃないから、出かける時には常にボディーガードをつけているんでしょう?」「ええ、僕は小さい頃太っていたんです。太っている人はあまり運動が好きではないでしょう。護身術を習っている時にいつもさぼっていて、結局兄弟たちの中で一番弱い男になってしまいました。仕方ありませんからね、ボディーガードをつけるしかないんです」彼ら桐生家の若い世代は十人いるのだが、出かける時にボディーガードをつけているのは、確かに善、ただ一人だけなのだ。他はたまに数人のボディーガードを引き連れて登場する程度だった。彼はボディガードが近くにいないと、どうも安心できなかった。姫華は車を発進させながら、言った。「私みたいにか弱い女の子だって出かける時にはボディガードをつけないのよ。ショッピングする時だけ数人連れていくの。荷物持ちのためにだけどね」「姫華さんは護身術ができますか?」「私たちのような家柄の出身者は多少なりともできるものでしょ。自己防衛のためにもね。だけど、実際にそれを使うような場面にはまだ遭遇したことないわ」姫華の星城での評判はあまりよろしくない。彼女の性格は少しお転婆で、さらに横柄さが加わり、また神崎家は星城においてかなり地位のある格式高い家柄だ。だから、そんな彼女を怒らせるような人間はいない。彼女がボディガードをつれて出かけなくとも、普通の不良たちは姫華の車を見たら、できるだけ遠く離れて近寄らないのだ。生活する上で何も危険などないから、ボディガードを連れて出かけないのだ。星城の上流社会の中では、最も派手な登場シーンをするのがあの理仁である。しかし、理仁のその目的は、ボディガードを配置することにより、自分に言い寄って来る人間をせき止めるということにある。「姫華さんは頼りになる女性ですね。今度はあなたにお願いして守っていただかなくては」それを聞いて姫華は、ぷはっと噴き出して笑った。笑いながら彼女はこう言った。「だから
姫華はとても快く彼のお願いに応えた。「善君がここへ来る時、私に電話してね。その時、いろいろと参考になるようなことをアドバイスするわ。あなたのお家のリフォームが終わったら、きっと将来の奥さんも大満足してくれるはずよ。その時はお礼をちょっと弾んでちょうだいね」善はやはり微笑んで言った。「それはもちろんですよ」姫華は彼の微笑みを見つめ、彼の話し方はいつもこうだなと気づいた。口を開く前に笑みを浮かべる。その微笑みはまるで春の暖かい風のように、心温まるもので、彼を前にすると、安心して心の扉が開いてしまう。「わかったわ、あなたのための内装アドバイザーになりましょう」善はニコニコと微笑み、お礼を述べた。「さ、コーヒーでも飲みに行きませんか」「私、午後はコーヒーもお茶も飲まないの」善「……」善がどうしたらいいのかわからず困っている様子を見て、姫華は面白くなり笑って言った。「私は、午後コーヒーを飲まないけど、それは別に一緒にカフェに行けないって意味じゃないわ。どこのカフェにお誘いしてくださるのかしら?」「時間がある時はいつもスカイロイヤルの一階にあるカフェでコーヒーを飲みながら、音楽を聞いて心を落ち着かせているんです。もしA市でしたら、カフェ・ド・エーデに行きます。そこは義姉さんとその親友が一緒に開いたお店なんですよ。カフェ・ド・エーデの売り上げはなかなか好調で、今では二、三店舗あるんです。ですが、一番人気なのはやはり本店ですね。多くの人が義姉さんと親友の優奈(ゆうな)さん目当てなんですけどね。優奈さんは久保家の若奥様です」姫華は善から彼の兄である蒼真の恋バナを聞くのがとても好きだった。「今後時間があったらA市にお邪魔するね。そのお義姉様が開いてるカフェに行ってみたいわ。星城のルナカルドと比べてみるっていうのはどう?」善もカフェ・ルナカルドに行ったことがある。彼は少し考えてから言った。「僕の義姉さんのカフェは、もっとこう、所謂バズったカフェという感じですね。みんな義姉さんの身分やその地位に惹かれてやって来るので。ルナカルドはその静かさと安心できるところが売りなんですよね、それぞれに良いところがあります」カフェ・ルナカルドは結城おばあさんがやっているビジネスだ。善も結城グループと提携するようになって、いつの間にかそのことを知ったのだっ